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シアターサウンドに応用されるジョン・ロングの理論
ロングは戯曲中で使用される音楽の機能を詳細に説明している。17世紀初頭に制作された「テンペスト」で実際に弾かれたオリジナルの楽譜が入手可能な場合、同氏はそれをもとに音楽理論を展開している。主な論点として、ロングは「テンペスト」で使用される音楽は、以下の3つのカテゴリに分割することができるとしている。
1. 音楽によって与えられる本質的な喜び
2. 戯曲中の音楽のシンボリズム
3. 超自然生物を表すための音楽の使用 (ロング P97)
ここに記載された各機能は、すでに前号で提案済である3つの問題について論考するのに有効である。言い換えれば、前述の3つの質問に答えるためには、ここに挙げた音楽の3つの機能の検証が必要となる。
音楽の本質的な喜びは音楽の質と密接な関係にある。音楽を聴くときに受ける本質的な喜びは、かなり主観的な側面を持っていている。なぜかというと、喜びを教授するかどうかは、人の音楽に対する嗜好によるからなのである。人が音楽を聞いて楽しいかどうかは、事実よりむしろ個人的な意見によって左右される。おそらく、成人のほとんどがショパンのクラッシック音楽をすばらしいとするだろう。その一方で、ラップ音楽を聞くことは、都市部に住む若い黒人男女にとって大きな喜びであることは言うまでもない。一見すると、ショパンの作品とラップ音楽は関係なく思えるかもしれないが共通点もあるのだ。たとえば、音楽の質が世代と人種を超えたところで、音楽の本質的な喜びを与えている点である。サウンド・デザイナーはシーンのムードを作るために、特定の音楽のクオリティを持った作品をしばしば使用する。たとえば、シーンのムードが喜びか愛ならばサウンド・デザイナーは明るい音楽のクオリティを持っているショパンの作品を使用するだろう。対照的に、シーンが憎しみや恐怖のようなムードならば、暗い音楽のクオリティを持つラップはキャラクタの言葉をサポートするには適切な選択かもしれない。サウンド・デザイナーが戯曲中の各シーンに適切な音楽のクオリティを選べば、音楽の本質的な喜びを最大限有効なものにすることができるのはおろか、俳優とオーディエンスの間に感情のコミュニケーションが継続的に産まれるのである。音楽の本質的な喜びは、サウンド・デザイナーがシーンのムードをサポートするために、音楽のクオリティを意識的に選択した結果、劇場空間に発生するものである。
音楽の本質的な喜びはキャラクタとシーン両方のムードに影響する。ローマ・ギルは英国オックスフォード大学のシェイクスピア研究者の一人であるが、同大学による1994年度改訂版のテンペストの解説中でギルは以下のように論考を打ち出している。「テンペストはシェイクスピアの最も音楽的な劇であり、少なくとも4人の歌手を配役する必要がある。(中略)舞台裏の音楽家ないしは舞台上の役者は、戯曲中のムードが変わる重要な瞬間を表現するために音楽を適宜使用する必要がある(ギル P99)。」ギルのコメントは、音楽が場面とキャラクタのムードを左右することを意味するのに他ならない。たとえば、第二幕のシーン1では、ト書きに「荘厳な音楽を演奏してアリエルは島の中のうっそうとした森に入っていく」とある。ナポリの王のアロンゾ、および王の忠実な家臣のゴンザロはアリエルの奏でる子守歌で深い眠りに誘われる。アロンゾとゴンザロの二人とも、この森に来る前に海上で嵐に遭い、難破して身も心も疲れ果てて、深い絶望状態であったが、エリアルの子守唄のおかげで今は平和に眠っているのだ。このことから、シーンのムードは音楽の使用によって苦難から平穏へと変えられたのである。つまり、このシーンのムード変換こそが「音楽の使用によってシーンとキャラクタのムードが変わるのだ」と指摘するギルのコメントを具体的に表しているものである。サウンド・デザイナーの仕事で筆頭に上げられるものは、ムードの問題である。したがって、サウンド・デザイナーはキャラクタの心理を十分に理解しながら、シーンのムードをサポートする音楽を作り出さねばならない。
(続く)
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