| Just Jpan 2001 10月号 |
| ≡ Director's Cut 2 ≡ |
| 山本 清史 |
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4
駅で切符を買って電車に乗る。ドアが閉まり、小気味よく揺れ始める。わたしは何となく呆然として、ドア近くの手すりにつかまっていた。
なんだかよくわからない話。
幽霊と出会うという奇妙な体験。いやそれにもまして、幽霊と出会ったその事実を、こうもすんなりと受け入れてしまっている自分。
たぶん驚くべきことが多すぎて、今はパンクしているんだろう。
わたしは窓の外に目を向けた。
大きな川を渡る橋の上を走っている。その川の向こうに、鮮やかな夕陽が沈んでいく。水面がきらきらとまぶしく光っている。
そういえばこんな綺麗な夕焼けをみたのは久しぶりな気がした。
待ち合わせの駅に着くと、ともだちはもうやってきていた。
「やっほ。今きたとこ」
手を振る彼女の足許を思わず見てしまう。
「……なに?」
「あ、ううん、なんでもない。ごめんね待ったでしょ」
彼との出会いが、思いのほか尾を引いている。
「だから、今きたところだって」
「あ……」
「だいじょうぶ?」
「う、うん」
「ならいいけどさ。この近くだから」
そういうと、さっさと先に歩き出す。
彼女の名前は真希といって、高校の頃から続く、数少ないともだちの一人だった。わたしと似ている部分も多く、おとなしく引っ込み思案なタイプだが、それでもわたしの知る限り、彼女に恋人がいなかった時期は一週間とない。そこがわたしとの大きな違いで、どうやら男性も女性も分け隔てなくつきあうことができるようだ。数はそんなに多い方ではないので、つまり、一人一人がそこそこ長く続いているというわけだろうが。
真希に連れられて入った店は、こぢんまりとした洋食屋で、客席が10もない。それでいて、煉瓦石を基調としたおしゃれな内装が好感を持てたが、たぶん、今日でなかったらもっと素敵に感じていただろう。
料理が運ばれ、真希が話しかけても、わたしはどこか上の空だった。
「どうしたの、なにかあった?」
真希は心配そうにしてくれるが、かといって、簡単に説明ができない。今日、ここに来るときに幽霊にぶつかって、それでその彼は殺されたといって、それで……
たぶん自分の中の整理がまだついていないのだろう。
わたしとしても、真希にすべて話して、助言を求めたいところだったが、まずこの信じがたい話をするということに多少躊躇してしまっている。
もう少し日をおいて、それからという方がいいような気がした。
「何でも一人でため込むの、よくないよ」
真希のいちばんいいところは、何もいわずとも、とがめず、放っておいてくれるところだ。そのおかげで、わたしはいつも、考える時間と精神的なゆとりをえることができる。そしてだからというわけでもないが、結局、最終的には彼女にうち明ける。
もしかしたらそれはわたしの甘えなのかもしれない。彼女を頼って、何とか自分自身を制御しているのかもしれない。だが、まあどちらにしても、そういうわけでわたしにとってはかけがえのないともだちだといえる。
5
「実はね」
食後のアイスクリームをゆっくりとスプーンで溶かす真希に向かっていよいよわたしはうち明けた。
真希はいつもわたしの悩みを聴くときするのと同じように、軽く首を曲げて優しくわたしの手元を見つめて、じっと聞き入っている。
「……殺されたっていう不思議な幽霊。名前も知らないんだけど」
いい終わって、残り少ない水を飲み干した。
「ふうん」
真希は十分溶かしきったアイスをやっと口に運びながら長いこと黙っていた。これも、彼女のいつもの癖だ。そして、ゆっくりと大きく息をつくと、顔を上げ、まっすぐにわたしを見つめる。
「じゃあ、こんなところで油売っている場合じゃないね」
そうしてにっこりと笑った。
「え?」
「早く帰った方がいいんじゃないの?」
「……どうして?」
「だって」
伝票を取り上げながらいう。
「きっと家で待っているよ。あんたのさ、赤い屋根のアパートで」
まさか、と思った。
「ほら、なにしてるの、いくよ」
真希はさっさとレジへ向かうと、一人で勘定を済ませてしまった。
「ちょ、ちょっと真希」
慌てて後を追う。彼女はドアを開け、駅への道を歩き出している。
「ちょっと、真希ってば」
ようやく追いついたわたしは息があがってしまった。
「……なにそんなに急いでいるのよ、もう」
「なにって」
彼女は振り返りもせずにいう。
「やっと巡ってきたあんたの男運なのに」
「は?」
あっけにとられた。
誰になんといわれようとも、これはまさしく、あっけにとられてしまった。
「なにいってるの。だって幽霊だよ、相手は」
しかも殺されている。
「だからなんだっていうのよ?」
真希は笑いながらやっと振り返った。
「幽霊だろうが奴隷だろうが、男は男でしょ」
それはそうだけれども……。
わたしがいいよどんでいると、真希は続けた。
「まあ別に幽霊とつきあえばっていってるわけじゃないわよ。ただ、あんたの苦手意識が少しはなくなるかなあと思って」
「うん……」
確かにそれは少し感じてはいた。「彼」と話していたとき、わたしは今まで感じていたような緊張感や圧迫感をまったくといっていいほど感じなかった。そう、いつもなら、話をするのもそこそこ、息苦しさやめまいがわたしを襲い、筋肉硬直とどうしようもない混乱を呼び起こすのだが、あのとき、わたしは実に冷静だった。
だからもしかしたら、という思いはある。
でも、やっぱり怖い、という思いもある。いままでも経験からくる大きな不安。そして、彼が幽霊であるということの現実的な所在なさ。
だめな気もするのだ。今までの男性と同じく、「彼」ともわたしはそのうちまともに話もできなくなるのではないかと、心のどこかで感じているのだ。それに、もし。
もし、もし……
何よりもわたしが怖れていることがもし、現実になったら。わたしはどうすればいい。どうすれば?
その問いに答えられる人間など、いるのだろうか。まさしく、それが怖い。どうしようもない問題。答えも出口のない絶望的な解答が待つのみのあり地獄のような永遠の悩み。
もちろん、杞憂かもしれない。考え過ぎかもしれない。慣れない男性経験が、いつになくわたしに不安でおぼろげな空想を思い起こさせるのかもしれない。
でも、もし本当にそうなったら、わたしはいったいどうすればいいのだ。
もし、わたしが彼を好きになってしまったら?
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