| Just Jpan 2001 10月号 |
| ≡ こんな私に誰がした ≡ |
| 藍田 月恵 |
「糞虫(ふんちゅう)」と呼ばれる虫達をご存知だろうか?
男性は案外ご存知かも知れないが、比較的虫嫌いの方が多い女性には馴染みのない虫に違いない。かく言う私も大の虫嫌いであり、彼らの存在など知る由もなかった。そう、息子の虫好きに付き合い始めるまでは。
小さい頃から虫が好きだった息子は、バッタやカマキリなどを捕まえては、足や羽を引っ張ったりしてさんざんおもちゃにする。やがて足も羽も折れ、死んでしまうことも度々。「この子、残虐性あり?」と心配さえもした。その頃は、そんな息子をただ傍観するだけ。巨大なガを捕まえて嬉しそうに持って来られた日には、
「そんなもの、家に入れるな〜!」
と絶叫するのが関の山だった。
母の心とは裏腹に、息子の虫に対する興味は年々レベルアップ。いつの間にか、近所で見つけた虫が何物なのか一人で判別できるようになり、図鑑の文字が読めるようになると、もうちょっとした「虫通」に。聞いたこともない虫の名前を挙げて解説することも多くなった。
そんなある日、図書館でふと『ファーブル昆虫記』を見つける。
「小学校の頃に読んだはずだけど・・・はて?どんな内容だったっけ?」
そのまま『ファーブル昆虫記 奥本大三郎訳 第1巻 スカラベ』を借り、息子が寝る前に読み聞かせすることにした。
意外なことに、これが非常に面白い。「世界的な名著じゃないか、何を今さら」とお思いになる方もいるだろうが、虫など全く興味のない当時の女子小学生は、先生に勧められるまま読んだだけ、内容など全く記憶に残っていない。大人になって改めて読んでみると、全てが新鮮そのもの、どんどん惹き込まれていく。
ファーブル先生の、素朴で虫への愛情に満ちた実験も興味深かったが、訳者奥本氏の補足もとても分かりやすい。奥本氏ご自身もかなりの虫博士らしく、「虫の世界を伝えたい」と言う思いが伝わってくる。翻訳に携わる者として、この訳文には学ぶところも多い。
少し話がそれたが、世界的名著『ファーブル昆虫記』の第1巻に登場する「スカラベ」こそまさしく「糞虫」であり、読んで字の如く糞を食べる虫だ。「ふんころがし」と言えば、お察しがつく方も多いであろう。古代エジプトでは、美しい球形に仕上られた糞を太陽に見立て、それを運ぶこの虫を「スカラベ・サクレ(聖なる虫)」と呼んだと言う。糞も、それを転がす者も「聖なる」ものであった。人間至上主義的な現代社会に生きる私にとって、何となく汚らしく滑稽であった「ふんころがし」のイメージは、いきなり打ち崩された。
また、こんな逸話も載っていた。かつてオーストラリア大陸に白人が移住した時代、食用に牛や羊などの家畜も移入した。しかし、元来オーストラリア大陸にはそれら家畜は生息していなかったため、その糞を食べる虫もいない。牧場は次第に家畜の糞だらけとなり、処理できず放置された糞は、乾燥し空気中に舞い上がって、辺り一面家畜の糞だらけと言う予期せぬ事態になった。対策として大量の糞虫を移入したところ、糞虫達は大活躍。糞処理問題はきれいに片付いたそうだ。
今まで、虫の有益性など考えたこともなかったどころか、虫という生物の存在を邪魔にさえ感じていたのに、これぞ「目から鱗」「青天の霹靂」と言うもの。すっかり糞虫に感服してしまった。
それからの私は、息子の虫好きに少しずつ協力するようになる。息子が取って来た虫を一緒に観察したり、図書館に行けば必ず虫の図鑑や写真集を借り、ウェヴ上の虫のサイトを探して見たり。虫を見る機会が増えるにつれ、彼らへの嫌悪感もだんだんと薄れていった。
こんなこともあった。通勤途中に偶然タマムシを発見。息子が欲しがっていたのを思い出し、
「捕まえたい!持って帰ってあげたい」
と、思うと同時に、こんな発想をする自分に驚く。
「以前なら、虫がいても気付きもしなかったし、捕まえようなんて思いもよらなかったのに」
しかし、まだ手で捕まえるのは恐い。ぐずぐずしていては逃げられてしまう。どうしよう。とっさにティッシュでタマムシをそっと包み、そのまま丸める。ティッシュを何枚か重ねて、ハンカチで茶巾のように包み、通勤用のバックに入れる。捕獲成功。この年にして、初めて自主的に挑戦した虫捕りと言っても良い。息子が大喜びしたのは、言うまでもない。
そうこうしているうちに、糞虫への知識も少しずつ増えていく。その生態や機能的で造形的な身体、遺伝子に組み込まれた本能と生命の神秘。あの小さな昆虫に備わった能力を知れば知るほど、感心させられることばかり。息子が見つけて来た一匹のセンチコガネ、それが初めて私が間近に見た糞虫だが、何とも可愛らしい姿。分類上カナブンやコガネムシの仲間だが、糞虫達の方が全体的に丸みを帯びて、
特にお尻のあたりが丸々している感じ。カナブンよりずっと可愛い。そのルックスは、糞が餌であることなど充分帳消しにしてくれる。虫をコレクションするなどめっそうもないと思っていたが、糞虫なら集めてもいいかな、とまで思い始める始末。人間変われば変わるものだ。
糞虫は好みの餌がはっきりしていて、羊の糞を好むものもいれば、牛の糞を好むものもいる。もちろん犬の糞が好物のものだっている。ただ、日本の糞虫は、糞を巣穴まで転がして運ぶのではなく、糞の下の地面に穴を掘って、その中で食べる習性があるものばかりで、ほとんど舗装されている都市の道では、犬の糞があっても糞虫はその下に穴を掘ることができない。犬の散歩時の糞処理問題がよく話題になるが、これも道と言う道がアスファルト化された現代ならではのこと。柔らかい地面さえあれば、放置された犬の糞も虫達が分解してくれるはずだ。
こうなってくると、糞虫が実際に糞を餌としている現場を一度見たくなる。
その日は、小学校の「早朝親子草抜き」の日。
「夏休みだと言うのに、何でこんな朝っぱらから学校の草なんか・・・」
と、ブーイングしながら、しぶしぶ草を抜く。と、その時。ん?何か臭うぞ?しかも少し分解している・・・。次の瞬間、大声で息子に叫ぶ私がいた。
「ここ、掘って!いるかも知れん!」
息子が掘る。いた!カドマルエンマコガネ3匹!ノコギリ状の頭部は、糞を削ったり運んだりするためのものだが、まるで王者が戴く冠のよう。小さいけど立派な糞虫は、学校に残された犬の糞をしっかり処理していた。
あれだけブーブー言っていた草抜きだったが、思いもよらぬ収穫に、息子以上に興奮し足取り軽く帰って行く私なのであった。
<了>
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