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Just Jpan 2001 9月号
 ≡ Director's cut ≡
山本 清史 

 生まれてこのかた、男の子にもてたためしがない。
 顔が悪いわけでもなく、性格もさほど際立っておかしいところはないと思う。だってともだちはいるのだ。ひとりぼっちなわけではないし、遊ぶにしても勉強するにしても、つまらない毎日ではない。
 ……そのつるむ仲間はすべて、女の子なのだが。
 どうしたわけか、男の子とは、仲良くおしゃべりもできない。
 おしゃべりしたくないのではない。したいのだ。でも、なぜかできない。
 ともだちは、あんたは引っ込み思案だから、という。奥手で、押しが弱くて、恥ずかしがってばかりいるから、と。
 そういう自覚はない。
 だれかを好きになったことだってあるし。
 --でも告白したことはないでしょう?
 そういわれると返すことばがないのだが。
 そういう状態では、興味をもってもらえなくても仕方がないかも知れない。それはわかっているんだけど……
 この歳になると、いいかげんまわりのともだちにも恋人と過ごす時間というものが大切なイベントになってくるから、いつまでも、わたしと遊んでもらうわけにもいかない。それでもわたしがひとりでも逞しく生きていけるのならまだしも、あいにく、ひとりっきりで人生を駆けていくことは、わたしには無理だ。
 だれか、一緒にいてほしい。
 それは死活問題だった。わたしは寂しさなんて耐えられない。だれかに甘えていたい。
 そのくせ、自分の気持ちは表に出すでもなく、まわりの人たちにいろんなものを期待して生きている。
 不器用な人生。それとも、身勝手な人生。

 そんなわたしに不思議な出来事が起きたのは、9月のある晴れた日のことだった。
 その日はちょうど仕事も休みで、昼までゆっくり寝てから、のんびりTVでも見て過ごすつもりだった。
 昼下がりになったころ、仲の良いともだちが、ディナーを一緒にどうかという電話をかけてきた。いい店でも見つけたのだろう。たしかそのともだちにはいまは恋人はいないはずだから、そりゃあひとりで行く気にはならないのが普通で、わたしは二つ返事で行く、といった。
 夕方になって空は少し曇りはじめ、風もでてきたが、心は反対に晴れ晴れとして、どんな料理なのか、色々想像を巡らすのが楽しかった。
 自転車で駅まで向かう。
 駅までの道のりは簡単で、わたしの家からもう一本奥に行った道が大通りになっている。そこをまっすぐに行けばいい。
 鼻歌をたしなみながら、わたしは大通りへ続く角を曲がろうとした。
 その曲がり角で、人とぶつかった。
 注意力が散漫していたらしい。全く気がつかなかった。
「だいじょうぶですか」
 わたしはとっさに自転車を降り、しりもちをついたその人に手を貸した。その人は、憤慨するでもなく、かといって押し黙り睨み付けるわけでもなく、素直にわたしの手を握り、起きあがると、静かに笑って、こういった。
「ぼくは平気だけど……君こそだいじょうぶ?」
 その人の視線につられて脚を見ると、すりむいてはいないが、少し土がついていた。
「あ……いた」
 気がついたように痛みが走った。ぶつかった拍子にペダルにぶつけたらしい。さわってみると、アザができそうな予感がした。
 その人はやはり笑ったまま、どこか心配そうな視線を向けている。
「ごめんなさい、ほんとに」
 頭を下げると、その人は「そんなことよりもなによりも」と若干興奮気味にいった。
「誰かとこうして話しをするのは、久しぶりだよ」
 意味がわからなかった。
 その人は、おしりについた土をぱんぱんと払うと、なぜか清々しい笑顔でわたしを見つめた。
「ごめんなさい、うっかりしてて……」
「いや、そんなになんども謝らなくても」
「でも……」
「いやほんとに。君がぶつかったのは、ある意味でしょうがないことだから」
 また意味のわからないことをいう。
 わたしが何もいえなくなっていると、
「だって、ほら」
 曲がり角のミラーを指さし、
「あそこにぼくの姿、見えてました?」
 と、彼は付け足した。
 わたしは指さされたミラーを見つめた。曲がり角の向こうから、近所のおばさんが自転車をこいでくるのが見えた。
 向こうもわたしを認めたようだった。
「あら、どうしたの」
 おばさんはわたしと、倒れた自転車の姿を見比べて、少し驚いた感じで尋ねてきた。
「あ……いや、ちょっと、ぶつかっちゃって……」
「そう、だいじょうぶ?」
「あ、はい……わたしは何とも……」
「あ、そう……自転車がね。気をつけてね」
 そして大通りの方へ向かっていった。
 わたしは最後のひとことが気になった。彼を見ると、彼はがっかりしたような、寂しいような、そんな表情をしていたが、わたしの視線に気づくと、やや嬉しそうに頬をゆるめ、おどけてみせた。そうして、なんだか芝居がかったような感じで、
「……あのおばさんにはぼくの姿は見えないみたいだ」
 といった。
 三度目。わたしはまた意味がわからなかった。
 ぼくの姿が見えない?
 こんなにはっきり見えているのに。
 ……わたしはゆっくりと彼を観察した。頭を掻いている彼。服についた土を落としている彼。おばさんにも、ちゃんと見えていたはずじゃないかしら。
 それを……
「まだどこかに土、ついてる?」 
「あ……いえ」
 長いこと見つめていたので勘違いをしたようだ。
 何かおかしな感じだった。そういえば、鏡がどうとかいうのだって……
 薄気味悪い感じがしてきた。
「君を怖がらせるつもりもなければ、馬鹿にしているわけでもないんだ」
 彼はわたしの心を見透かしたように静かにいった。そして、
「驚かないで聞いてほしいんだけど……」
 と続けてから、少し、どういおうかと考えているようだった。
「……ぼくはどうやら人には見えないらしいんだ」
「……え?」
 人には、見えない?
「鏡にも写らない。それに、ほら」
 と彼は今度は自分の足許を指さした。
「……何か、変じゃない?」
 いわれたまま、わたしは彼の足許を見つめた。ちゃんと靴を履いている。左右違いでもない。ひもの結び目も変じゃない。靴下の色も、服装とのバランスも悪くない。
「何が、変なの?」
 それは素直な気持ちだった。
 すると彼は愉快そうに大声で笑い出した。
「--君って、よっぽどにぶい? あはは」
 四度目。しかも今度は意味がわからないだけに不愉快になった。
「ごめんごめん。君を怒らせるつもりはないんだ。ただ君があんまりおもしろいものだから」
 わたしは、恥ずかしさと怒りがないまぜになって、えもいわれぬ憂鬱を感じ始めていた。もともと男性と話すのは得意ではないのだ。にもかかわらず、しかも初対面で、いきなりあんまりおもしろいものだから、とは。
「そんなこといわれても困ります」
「あ、うん、そりゃそうだよね」
「ぶ、ぶつけられて、腹が立つのはわかりますけど、そんなに、嫌味みたいなこと……」
 涙が出そうになった。侮辱された、という気持ちもあったのかもしれない。でもわたしは普段、人に抗議とか、反対意見というものをあまりいえない性格なのだ。がんばればいえる。がんばれば。でもそういうときは、なぜか泣いてしまう。
「あ、ごめん、いや、そういうつもりじゃ……いやほんと、ごめんなさい」
 わたしの様子を見て、彼はあたふたと何度も頭を下げた。わたしは何とか涙をこらえた。心の中は、いろんな感情でわけがわからなくなっている。
「ごめんなさい、ほんとに。……ただね、ぼくはほんとに、人とこうして話すのは久しぶりだから、それでつい……」
 不思議な気持ちになってきた。
 なぜ初対面の男性とこんなに長く話をしているのだろう。だいたいこれから、食事に行くはずではなかったか?
 人と待ち合わせをしているのでこれで……といいたかった。でもあとひとこと何かをいったら、今度こそ涙がこぼれそうで、仕方なく、何もいわず、黙ってうつむいていた。
 彼は続ける。
「ぼくいつもこんな感じだったんだ」
 少し後悔しているようないい方。
「それをおもしろがってくれる人もいたけど、やっぱりいまの君にしたみたいに迷惑をかけたりとか、困らせたりとか、いろいろ、していたんだろうな……」
 彼は大きくため息をついた。そのため息には、それまでの彼の口調に含まれていた愉快さと興奮はどこにもなく、深い悲しみと憤りがこもっているようだった。わたしは何となくそのため息に惹かれた。彼を見つめた。そして彼は驚くべきことをいった。
「こんなんだから、殺されちゃったんだ。きっと」


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