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Just Jpan 2001 9月号
  ≡ 狼山の思い出 〜江蘇省南通市にて〜 ≡    
藍田 月恵 

李さん姉妹に誘われて、南通市で一番の名勝、狼山へ出かけた。
ロープウェイで山頂まで登る。日本でロープウェイと言えば、定員20名程度のボックス型が定番だが、狼山のそれは、定員4名の丸い乗り物がいくつもぶら下がっている。要するに、観覧車が回転せずに、山頂めがけてまっすぐ進むと言った具合で、何とも愛嬌があって微笑ましい。山頂と言っても海抜100m程度、平野が少なく周りが山で囲まれている日本人には、山と言うより小高い丘のような印象で、その愛嬌ある乗り物から下を覗いても、さほど怖さは感じない。そんな私の平気そうな顔を見て、同伴してくれた李さん姉妹が驚く。
「怖くないの?」
「全然怖くないですよ」
「こんなに高いのに!日本人って高い所平気なのね」
この高さで大はしゃぎする姉妹の様子に、噴出しそうになる。しかし、長江下流に位置する南通は、見渡す限り平地で山らしい山は見当たらない。彼女達が怖がるのももっともな話だ。
狼山には広教寺という禅寺があり、中国仏教八小名山の一つとして名高い。参拝の前に境内入り口の売店で線香を買のだが、ここの線香はピンクや黄色などそれ自体カラフルな上、赤や金の紙で巻かれている。線香売り場と言うよりは、手持ち花火を売る玩具店のようだ。長さや太さも値段によって様々で、長さ40cm、直径1cm程度のものが一番高価だったように記憶する。高価な線香ほど、よりご利益があるそうだ。信仰心と献金の心理は、国を問わず同じと言うことか。
そこから寺まで続く小路の両側に土産物の露店が並ぶ。人だかりがしている店があるので覗いてみた。血液型占いの露店なのだが、中国では自分の血液型を知らない人も多いため、その場で耳たぶを切って採血し、スライドグラスに落として血液型を確認している。何人もの「確認済みスライドグラス」が無造作に置かれており、切開用メスの消毒も実に怪しい。
広教寺に到着。門や柱は朱塗りで、金文字の看板、仏像も眩いばかりの色彩。この寺は、いかにも派手な中国寺のイメージそのものだ。祭礼の日でもなく普通の日曜日なのだが、参拝人は多い。楼閣造りの最上階に線香を焚いている、いや、勢いよく燃している所があり、煙がもうもうと立ち込めている。皆、我先にと競って線香を燃し、前に敷いてある座布団にひざまずくと、頭が座布団につくほど深くおじぎをして、一心に祈る。ぼやぼやしていては、いつまで経っても座布団に座ることができない。人を押しのけてでも座っては真剣に祈る、その姿は良くも悪くも中国人らしい光景だ。
一通り参拝を終えると、李さんが、ここで食事しよう、と言う。
本来なら完全予約制なのだが、私が日本人であること、私の所属する企業が南通市に貢献していることなど、「特別なお客様なのです」と、李さんが必死にアピールしてOKをもらう。
「南通人でもここで食事した人は少ないのよ。初めて来て、ここの料理を食べられるなんて、あなたは本当に幸運ね」
と、言う李さん姉妹も、広教寺の精進料理を食べられるとあって、興奮気味だ。
寺の一角に食堂があり、大勢のお客で賑わっている。一般の料理店と同じように円卓に椅子。白衣を着た、給食のおばさん風の女性が料理を運んでくれる。精進料理とは言え、間違いなく中華料理だ。大皿にたっぷり盛るその盛り付けと言い、料理の見た目と言い、一般の店で並ぶ品とほとんど変わらない。味は若干淡白な気がするが、野菜類だけでだしをとったスープで味付けしているとはとても思えないコクがある。精進料理だと言われなければ、分からない人もいるのではあるまいか。
精進料理には、野菜やきのこ、海藻などをそのまま活かした自然派料理と、それらを利用して、肉や魚そっくりに作り上げる技巧派料理とがあるそうだが、ここのメニューはその両方をミックスしたような内容だ。例えば、「エビの炒め物」には、本物のエビそっくりに作られた「エビ」が入っており、味や歯触りまでエビに似ている。
食べた感触から、恐らく卵白は多用されているだろう。それにしても、鶏肉もどき、魚肉もどきと、一体どうやってこのような食材を作り上げるのか、想像もつかない。
「これは、どうやって作るの?」
李さんが、給仕してくれるおばさんに聞いてくれたが、
「それは、教えられません」
と、あっさりかわされた。苦行を強いられる仏教修行の中で、せめて食事だけは豊かさをと、中国の料理人達が古来から研究を重ねた成果であり、門外不出としての伝統も受け継がれているのだろうか。 食にこだわる中国人ならではの気概とプライドは、精進料理にも十分見ることができる。
料理の名前にも、食材や調理法を表す一般的なネーミングと、吉祥の意を込めた創作的なネーミングの二通りがあった。先ほどのエビの例のように、実物を模造した「鶏肉」や「魚肉」を使用したものには、名前に「鶏」や「魚」の文字がある。精進料理でも、名前には「生臭さもの」を用いてよいらしい。創作的な名前には、長寿を祈願するものや、今日一緒に食事した縁が永遠に続くことを祈ったものなど、信仰の場である寺院らしさが感じられる。それを食べれば、何となくご利益がありそうな気がするから不思議なものだ。堅苦しい作法などないのも中国流、ビールを飲みながら、存分に中国精進料理を味わうことができた。
広教寺を出て、南通市を一望できる展望台で記念撮影。薄手のカーディガンをはおっていた私に、
「せっかく写真を撮るんだもの、カーディガンよりスーツの方が見栄えがいいわよ。ほら、私の上着貸してあげるから、これを着て」
などと、世話を焼いてくれる李さん姉妹に少し苦笑しながら、パチリ。

<了>

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