当月号 TOPへ

Just Jpan 2001 8月号
 ≡ 6 ≡  * 2001年 夏 * 夏休みと幼児虐待

 駅前のデパートをブラブラしていた。
 その日の目的は、夏の休暇に向けて、リラックスウェアーを買うこと。

 毎年、夏の休暇は長野へ行く。向こうへ行ってからの予定はほとんど組まずに、ただダラダラと避暑地の夏を満喫する。到着してすぐに、郊外型のショッピングセンターで食料品などのまとめ買いをする以外は、近所の河原を散歩したり、森へ入ったり、庭でアマガエルを眺めたり、水撒きをしたり、風通しの良い和室に寝転がって文庫本を読んだり、とにかくゆっくりと一日を過ごす。何もすることがないというのは非常に手持ちぶさたではあるのだけど、実際その生活を始めてみると、わずか一日ほどで体は順応するものだ。毎日、時間をかけて食事の支度をして、夕暮れ時からビールを片手に赤トンボを眺める。時間がもっとも愛おしく感じるひとときだ。時計を気にせず、太陽の高さで行動するこの長野の夏を、私は毎年楽しみにしている。

 今年もその季節が近づいて、私は気分の高揚を押さえ切れずにいた。早く日常の「時間」から解放されたくて、準備を早々に始めた。そうして思いついたのが、「新しいリラックスウェアを買う」ことだったのだ。
 私にとって、リラックスウェアの理想とは、パジャマほどラフではなくて、ちょっとその辺を歩くにはおかしくないが、着ていて気持ちが良くて楽なもの。この「着ていて気持ちが良い」というのは意外と難しい。素材の感触や、着たときの余裕、首周りのサイズなども重要だ。首が狭いものは私は苦手で、かといって広すぎれば妙にセクシーになってしまって着づらくなる。普段もジーンズにTシャツというラフな姿の私だが、リラックスウェアに求めるのはさらに「快適なラフ」ということになる。
 この、「快適なラフ」についてあまり考えずに、手持ちの洋服で休暇を過ごすことの悲しさを、私は昨年いやというほど思い知らされた。出発の直前まで仕事をしていて、わずか三十分ほどで支度をして出発した。リラックスパンツも持った、つもりだったが、パジャマを忘れてしまい、結果、リラックスウェアとパジャマが共有になってしまったのだ。そうすると、ジーンズなどを履いて出かける日を除いて、ダラダラする日は朝から晩まで、文字通り四六時中一本のリラックスパンツで過ごさなくてはならない。それはやはりなんというか、貴重で愛おしい休暇が、「パジャマで一日中過ごす」ような、堕落した休暇に成り下がってしまったようで、非常に惨めな気分だった。
 洗濯をするときには当然、窮屈なジーンズなりに身を包んで、リラックスパンツが乾くのを待たなければならない。何もすることがない私は、貴重な半日を生乾きのリラックスパンツとにらめっこをして過ごすことになるのだ。これはこれで、とても無駄で憂鬱な一日だ。せっかくの休暇がこれでは台無しではないか、という気分にもなる。結局私は、休暇前半の「ダラダラしたい日」に、不本意ながらショッピングに出かけ、パジャマを購入したのだった。

 今年こそ、失敗はしたくない。だからもし今、目の前に「ラフファッション研究家」なる肩書きの人がいたなら、私は迷わずその人のオススメを購入するだろう。リラックスウェアの最上を、私は切に求めている。休暇の時には特に。

 そんな強い意志のもと、デパート巡りをしていた私は、エスカレーター脇でふと足を止めた。
 三歳ぐらいの子供が、父親に抱きかかえられて泣き叫んでいた。子供は、何に対してか、「はい、はい」と答えているように聞こえた。私はしばらく、足を止めてその二人を眺めていた。何か、尋常ではない気がしたのだ。三歳の子供が「はい」と答えるのは、「言いつけを守るときの良いお返事」だと私は思っている。今時、家庭内で「はい、いいえ」を常用しているところは少ないだろう。子供は親を見ているから、父親と母親の会話が、「うん、ううん」で営まれていれば、子供も日常会話は「うん、ううん」になっていく。しかし、しつけの目的や、言葉を教える上で「返事はハイ」と教えることも事実である。

「わかりましたか? お返事は?」
「はーい」

 けれど、子供にとってこれはゲームのようなもので、「はーい」と言えば褒められる、ママが笑ってくれる、その程度の認識でしかない。「はい」が「うん、わかった」と同じ意味合いであることなど、言葉を覚えたての子供にわかるはずがない。

「わかりましたか?」
「はーい」

 ゲームはしかし、大人が叱っているときにも発生する。
 ちょうど私が眺めた親子が、そんな感じだったのだ。

「できるの!? どうなの!?」
 父親が抱いた我が子の尻を叩きながら強い口調で言う。
「はい、はい、はい」
 泣き喚きながらも、かろうじて発音する「はい」。
 けれどパパは笑ってくれない。

 私は呆然と眺めた。目が離せなかった。「幼児虐待」という文字が脳裏をよぎった。指の先が、ピクリと熱くなった。
 父親はどうやら、愚図って歩きたがらない我が子を叱りつけているようだった。歩けるのかどうなのか、返事をしろと、尻を叩く。子供はいっそう声を高くして、泣く。
「はい、はい、はい」

 尻を叩く父親の手に、思いのほか力が入っていることは、ハタから見る私にもわかる。あれは叩きすぎだ、限度を超えている。しかし父親は、ここがデパートという人目に付く場所であることから本能的に、自分の行為を隠そうとしている。少なくとも、私にはそういうふうに見えた。尻を叩く手も、振幅は少ない、パッと見は、力がこもっていなくて尻をポンと小突いた程度にしか見えない、しかし、よく見れば、実に力がこもっている、思い切り、叩いている。

 ちょっとやりすぎじゃないですか? はい、って言ってるじゃないの、と口を挟みたくなる。無意識的に、フラフラと足がそっちへ向いた。そんなに叩いたら、よけいに泣くだけだ、怖がるだけだ。お父さんはここでグッと堪えなくては。出しゃばった真似はしたくないが、やり過ぎなのは一目瞭然だし、黙っているのも気が引けた。最近の幼児虐待の新聞記事が、次から次へと思い出された。

 半ば、口出しすることを決意してその父子に近づく私の横を、小さな子供の手を引いた女性が足早に通り過ぎた。さっき、目の前のショップで買い物をしていた、若い女性だった。二歳にならないぐらいの、ヨチヨチ歩きの子供を連れている。よく見ると、ヨチヨチ歩きの子供と、泣き叫ぶ子供は、おそろいの花柄のワンピースを着ていた。女性は、父子の元へ行くや、私の方をチラリと見ながら父親に何かを話し、そのまま泣き叫ぶ子と、ヨチヨチ歩きの子供と、尻を叩いていた父親とともに、エスカレーターに消えた。
 エスカレーターに乗るとき、父親は、私のことをひどく憎んだような目で睨んでいった。



次のページへ
当月号 TOPへ