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Just Jpan 2001 8月号
  ≡ 昼食に見る中国人のバイタリティー ≡    
藍田 月恵 

ある企業で中国語通訳をしていた頃の話だ。
その日は、江蘇省の一地方都市から、車で上海へ向かっていた。
同乗の中国人は、総経理(社長と考えてよい)、社員数名と運転手。そして日本人の私を乗せたワゴン車は、走り出してすでに2時間を経過し、時刻も昼時を回っていた。
中国の人は、食事の時間をとても大切にしており、必ず決まった時間に食事を取る。同乗者達とて例外ではない。時間が経つにつれ、皆空腹で苛立ち始めた。しかし、今日は日本人の私が同乗している。多少なりとも見栄えの良い、美味しい料理を出しそうな店をと、辛抱強く窓の外を探してくれる。しかし、田舎の一本道にそれらしき店はなかなか見つからない。
道のすぐ脇には用水路が流れており、時折小船も行くのであるが、ちょうどその時、小船の上に農婦風の女性が一人、仁王立ちで突っ立っている姿が目に入った。その女性はお箸とお茶碗を持ち、仁王立ちのままガツガツと食事をかき込んでいる。
そこが船の上であろうと、とにかく昼時なのである。弁当箱などではなく、茶碗なのである。座るのではなく、仁王立ちなのである。現代日本人の私にとって、今まで見たことのない食事風景であった。しかし、彼女にしてみればごく当たり前の事であり、全く合理的な食事方法に違いない。こんな些細な出来事の中にも中国人のバイタリティーを垣間見る思いがして、
「ああ、これが中国なんだな」
と、妙に納得してしまう。
一方、車中はいよいよ殺気立ち、総経理も空腹でたまらないとばかり、小さな食堂に車を止めさせた。どう見ても閑古鳥が鳴いている小汚い店の中に入ると、総経理は女店主に、
「日本人の客を連れている、一番良い席に通してくれ」
と、誇らしげに言った。
「うちには個室がありますよ」
と、女店主も負けずに威勢を張り、奥の部屋に案内してくれた。
 確かにそこには大きめの円卓があり、ビニールのテーブルクロスが掛けてはある。しかし、やはり外国人客が普段から来るような店ではない。円卓もクロスも、もとの色が一体何色だったか分からない程、ベタベタに汚れている。しばらく掃除していない換気扇が、一面油と埃にまみれているような、そんな汚れ方だ。
 総経理もこれはまずいと思ったのか、
「日本人の客がいるんだ、ちょっとテーブル拭いてくれ」。
店員は面倒臭そうに、紙ナフキンでざっと表面をなでる。総経理がそれに文句をつけると、今度は側に放ってあった飲みかけのビールをテーブルの上にひっくり返し、ビールの水分でびちゃびちゃと拭き始める。
「ほら、これで綺麗でしょ?」
店員はしゃあしゃあと言い、総経理も呆れ顔だ。
 女店主が注文を聞きに来た。総経理はやはり「日本人の客がいるから」と前置きしてから、
「ここのお勧め料理は何だい?魚は何がある?」
などとやりとりしていたが、どうも会話が噛み合っていない。
「この店は言葉が通じん」
彼らの地元から車で2時間走っただけの所だが、もう言葉が通じない。中国にも「普通話」と言う全国共通の言葉があり、学校でも学びはするが、中国人同士で会話が成り立たないことがよくある。それくらい方言の差が激しいのだ。
「学校で学ぶと言ったって、地方の場合はそもそも教える先生の発音が訛っているのだから、正確な『普通語』なんて学べやしない」
中国の友人の話を思い出す。彼らはそんな現状にも慣れていて、お互いのコミュニケーションは必ずしも完璧でなくても気にしない、大筋で理解できればOK、そんな感じである。
「こんな店で申し訳ない、何せこの田舎道、気を悪くしないでもらいたい」
「私は日本人ですが、あなた方と同じ会社の通訳ですから、どうぞお構いなく」
総経理にそう返事すると、とりあえず乾杯した生ぬるいビールを飲みながら料理を待つ。
 品数は多かった。蟹の入った鍋風の煮込み、魚の佃煮、肉の燻製、海老の炒め物など他数品。中国の人達と食事すると、大体いつもこんな感じでたくさんの料理が並ぶ。が、しかしこの日の料理の味は、残念ながら私の訪中経験の中で最悪だったと言わざるを得ない。どの料理も茶色一色で、薄汚れたような皿にいかにも無造作に盛り付けてあり、見た目からして全く食欲が湧かない。一通り箸をつけてはみたが、「新鮮」とか「作りたて」とか、そういう感触からはかけ離れている。一方、食卓を囲む中国の仲間達は不満気には見えるものの、空腹が物を言ったのか、きれいに平らげそうな勢いだ。
 最後に全員分のご飯が、ボウルのような入れ物に山盛りで、スープと一緒に出て来た。
中国のご飯は、黄味がかっていて柔らかく、日本の白くて艶々したご飯とは違う。悪く言うと、いつまでも炊飯器の中に入れっぱなしで変色したご飯、そんな感じだ。何故黄味がかっているのかは、精米方法、水質、炊き方など、要因がいくつかあるからと頭では理解しているので、この日のご飯の色にも驚きはしない。だが、食欲の方は生理的に減退した。
彼らは好んでご飯にスープをかけて食べる。お茶漬けのスープ版といった感じか。ご飯がそれだけではあまり美味しくないからそうするか、スープをかけるからご飯の味には頓着無いのか、とにかくスープをぶっかけては、おかわりして食べる。彼らの食欲旺盛な食べっぷりを見ていると、
「これがバイタリティーの秘訣かな。この国の人達と対等に渡り合うなどと言うことは、現代日本人には至難の技かも知れないな」
と、ほとんど何も喉を通らなかった自分のひ弱さを実感する反面、この国の底力が将来世界にどう作用していくのか、食事一つでもいろんな思いが膨らむ。
 昼食が終わり、「上海までまだ遠いなぁ、もう少し食べておけばよかった」と少し後悔する私を乗せて、ワゴン車は元気よく走り出した。

<了>

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