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Just Jpan 2001 7月号
 ≡ 天の川は世紀を越えて ≡
山本 清史 

 それはまるで滝のように、私たちの顔を涙が落ちていく。そして床に達し、水たまりとなり、しばらくしてどこかへ向かって流れはじめる。なにか意思を持つように、あるいはあらかじめ決められているかのように、ゆっくりと、ゆっくりと流れていく。
 そうしていつか大きな流れとなり、時を超え、恋人たちを繋ぐ天の川へと姿を変える。
 七夕に寄せる恋人たちの果てしない願いはいつも、ただその永遠の愛のはずだから。風に揺れる笹の短冊が幻惑的な虹色を見せるのであれば、きっと今日も明日も明後日も、私たちは繋がりつづける。
 そのうち星が昇って、私たちを照らす。幾億と散らばった星たちがあらゆる角度から私たちの愛を祝福する。雨のような光の中で、私たちはさあ、きっと手をのばすのだ。手をのばし、つかんだ未来をぐっと引き寄せ、最愛の人とともに天高く舞い上がる。
 舞い上がり、疲れたら舞い降りて、かたく抱き合い、身を寄せあって、再び永遠の愛を誓えばいい。その誓いの旗印にどこかでまたひとつ星が生まれ、喜びのメロディーを奏でる。
 素敵な音楽を聞きながら、手に手をとって私たちは歩き出す。
 歩き出す。

1

 はじめは、いたずらだと思った。
 たちの悪いいたずら。私の神経を逆撫でし、深く傷つくのを、どこか影から笑っているに違いないと。いいかげん立ち直るきっかけもつかめないでいる私へ侮蔑。世界中の悪意をいっぱいに浴びている心地にすらなった。
 もちろん、ひょっとしたら、誰かよく知っている人のやさしさかもしれないと思わないでもなかった。ただでさえ深く落ち込み、滅入っている今の私に、すこしでも希望を、という子供だましめいた気遣いかと。しかし残念なことに今の私にはそうした配慮すら受け取る余裕もないのだ。期待にはこたえられない。ありがとうもいえない。やさしさに触れ、かえって傷つく。傷つくことしか、今は知らないから。
 だからほうっておいてほしい。
 こんな悲しみを背負わされて、行き先のおぼつかない今の私には、ただ川のように緩やかに流れつづける時間の波に身を任せるか、浮くこともかなわず、ぶくぶくと沈んで水の底に横たわるしか、道はない。そこから抜け出るきっかけもない。方法もわからない。ただ日がな一日呆けつづけ、胸いっぱいに広がるどうしようもない絶望感を、付かず離れず、何とかやり過ごしている。
 そんな、生活。
 今朝、一通の封書が届いた。
 しかしその封書はありえないものだった。だから、思った。いたずらだと。
 まず封筒そのものがおかしい。紙の切れ目がまったく見当たらないばかりか、郵便番号の枠が8つもある。それから切手。見たこともないデザインだし、妙に形がゆがんでいる。消印もおかしい。2100年7月1日とある。そんな日付、本当に訪れるのかどうかすらわかりはしないではないか。そのころには、やっと私は死ねているはずだ。
 封書の内容からして変だ。7月7日の夜、ぼくはきっと君に電話をかけるよ、100年の時を超えて、今も変わらぬぼくの愛を伝えるために……。
 そして差出人の名前。
 --眞鍋、透。
 私はぎゅっと封筒を握り締めた。便箋を持つ手が震えた。
 これがいたずらでなくてなんだというのだろう。だれがこんな話、信じられるだろう。
 なにが今も変わらぬぼくの愛、だ。なにがきっと電話をかけるよ、だ。そんなあなたのやさしさが、今でも私の心を痛めているというのに。なぜ今また、トラウマのように私の傷をじくじくいじめるのか。そんなこと、信じられるわけがない。7月7日にこの人が電話なんてかけてくるはずがない。なにが時を超えて、だ。そんな、御伽噺のようなことが。現実に起こるはずがない。
 だって、あなたはもう死んでしまったじゃない。私一人を残して。

2

 眞鍋透は私の婚約者だった。亡くなったのは一年前になる。一年前の7月7日に、彼は横から突っ込んできた狂った暴走車に衝突を受けて、瀕死の重症の後に、逝ってしまった。私をかばって。二人で少し遠くの湖畔にドライブに行った帰りだった。助手席に座っていた私はひじのあたりを少しすりむいただけだったのに。
 そのことが、いつまでも私の心に深く傷を残している。
 ずば抜けた才能があるわけでもなく、人より勝った容姿をしているわけでもない。夢も野望も人並みで、特にこれといって苦労をしたことも、挫折したこともない。どこにでもいる、彼は普通の男性だった。ただひとつ、彼はほかの男性よりも私のことを一番に愛してくれた。だから、私も彼のことを一番に愛した。
 --もし、あの車が正面から衝突してくれていたら。
 一年経った今でも、私はよくそんなことを夢想する。ばかげたことを、と人は笑う。忘れたほうがいいよ、とも。だが忘れられるわけがない。彼は死んで、私は生き長らえている。この、屈辱。罪悪感。
 どうしてよいのかわからないのだ。彼がいない。それだけのことで、私は途方にくれ、涙に頬を濡らし、石のように固く口を閉ざし、うずくまってなにもできなくなる。
 いつのまにかまったく頼りきってしまっていたのだ。彼の存在に。彼の、愛情に。
 彼なくして、私はもう、自分自身を保つことさえ難しくなっていたのだ。
 
 彼が死んで、私は滅多に外出しなくなった。というより、外出したくなかった。照りつける太陽の下、溢れんばかりの生を感じることは、彼をなくした私にとっては拷問に等しいから。街に響く嬌声や、生き生きとした若者の笑顔、なにより、いかにも幸せそうな恋人たちを見たら、いよいよ狂ってしまうかもしれない。
 だから、家の中で、薄暗い、部屋の片隅で、ひっそりとこのまま死にたかった。誰にも看取られず、誰にも知られず、ひっそりと。しかし、ひとおもいに自殺してしまうほどの勇気も、私にはなかった。悲しいことに、私は死ぬことができなかった。死のうとしても、一歩手前で挫折するか、必ず誰かに止められた。私は、彼のあとを追う資格すらないということ。もう、泣く元気すらなく、流す涙も残っていなかった。この胸に広がる漆黒の風穴は、どこまでも果てしなく大きく、深く広がっていく。ただ時間が、残り果てしない寿命を一秒ごとに蝕んでいくその感触を、じっと耐えていた。
 --耐えていた?
 ちがう。私は待っているのだ。誰かが、私を殺してくれるのを。

 

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