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| Just Jpan 2001 5月号 |
| ≡ 中国留学顛末記・1 ≡ |
| 池内 美喜子 |
「まったく、あんたは相変わらずしょーもない人ばっかり好きになるんだから」
短期の中国語学留学を終えて帰って来た私に対して,親友というべき人の最初の感想がそれだった。実際.学生のころから私が好きになるのは相思相愛にはなれない人ばかり。表面上は「硬派」を装っていたにも関わらずかなり惚れっぽくて,しかもみーんな片思いなのだった。
大学のころから語学,特に中国語には興味があった。「国文学科」という毒にも薬にもならない(偏見だろうか?)典型的な学科に所属していた私は,お気楽女子大生の単なる第二外国語で選択した割には,中国語の新聞をつっかえながら音読する程度のことはできたのだ。あまりにも膨大な中国文化に目がくらんでいたのかもしれない。しかし,それを就職に結びつけようというほどの気力と根性は持ち合わせていなかった。
「せっかくなんだから,ちょっと気合いを入れて勉強して仕事に使えばいいのに」
そう言う友人は1人や2人ではなかった。それでも私は
「そんな人生に熱くないわ」
とうそぶいていたものだ。そのころ,恋愛沙汰とはまったく縁がなかったかというと,そうでもないのだ。不慣れだったとはいえ,適当に押したり引いたり,先輩や同輩との意味深なやりとりを人並みにこなしていたつもりだった。
そんな私が,大学を卒業した後,3年間勤めた会社を辞め,1か月とはいえ中国に語学留学する気になったのは,いい加減に選んだ会社単調な仕事に倦み疲れたせいもある。が,社内でのどーしようもないドロ沼の失恋も影響していないとはいえない。そんなときでさえ,友人は追い討ちをかける。
「だから,あの人はやめときなって言ったのに」
「いまさらなこと言わないでよ。いいじゃない,遅まきながら新たなる道を自分で拓いていこうという気になったんだからさ」
「極端なのよ,あんたは。就職のときにお気楽に会社を選んどいてさ。腰かけで永久就職ねらいだったのなら,その道を全うしなさいよ。他にも男はいるんでしょうに」
「いえ,専業主婦になるつもりは初めからさらさらないんだから。これからはキャリアを積んで,一人でも生きられる力を培うのよ」
「まぁいいけどね。今からどれだけのことができるのか,楽しみにしてるわよ」
―――というわけで―――
経費節減コースを選び,海路上海へと乗りこむことにしたのだった。一般の観光ツアーと違い,留学するわけだから,出入国の手続きなどはすべて自分でしなくてはならない。10人あまりのグループになったのだが,学生を中心に多彩なメンツの集まった一団をたばねる「世話役」として安部さんという男性が同行していた。
「若輩ですが,精いっぱいお世話したいと思います。自分でやってみてわからないことは,遠慮なく聞いてください」
ちょっと黒人っぽい,暑苦しい系の顔の人だなぁ,がこのときの第一印象。
「貧乏旅行には慣れているし,まぁ別に大して関わり合いになることもないか」
メンバーとして中国語や中国文学を専攻する学生,中国料理店を経営する人,リタイア後の男性などが参加していた。簡単な顔合わせの後,けっこうな大きさの客船に乗りこんで,2日2晩の航海がスタートだ。
船内に入るなり食事メニューから従業員,自動販売機までが何がなし中国チック。ウェイトレスや店員さんたちは不足なく日本語をあやつるものの,あまり愛想がない。
「コワイねー、中国のお姉さんたち」
「お釣りとか,投げて渡されちゃった」
「僕,向こうについたら大丈夫かしら。取って食われるかも」
さっそく打ち解けた仲間うちでは,早い段階でひそひそとそんな会話が交されていた。このとき,皆が感じていた漠然たる不安は,後に少しずつかたちを表すことになる。唯一,中国事情に通じている安部さんといえば
「だからいいんですよ,船は。今のうちに経験できるから。せいぜい苦労しておいてください」
涼しい顔だ。うーん,これも頼もしいというべきなんだろうか。ずいぶん突き放した言い方だなあ。一体どういう人なんだろう。まだ自分の中でイメージの固まらない中国生活とともに,ひとりの人間に関心を持ち始めた瞬間だった。 <了>
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