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Just Jpan 2001 4月号
 19才がみつめた人種の交差点・六本木
 連続小説
 ≡ cabaret(キャバレー) ≡
澤田 恭一 
 第1回
 そして、親父も消えた街。


 激しい雨が大きな窓ガラスをたたきつけている。
 そのいく筋もの雨だれの向こうには、ライトアップされた東京タワーが、オレンジ色の巨大な蝋燭のように妖しく存在をきわ立たせていた。
 六本木の交差点から、さほど遠くないカフェの2階。いかにも音大生といった女性のピアノ奏者が、クリスマスソングを弾いている。
 年の瀬のせいか、さきほどから人の出入りがとても多い。
 若いサラリーマンとOL風のカップル。おじさんと風俗嬢。DJ風の格好をしたお兄ちゃんとダンサーっぽい女。同伴のカップル。中年のカップル。アジアからの留学生のような二人。南の島のリゾート地から来たのだろうかTシャツに半ズボンの白人の二人連れ。深夜だというのに赤ん坊を連れた若い夫婦。仕事を終えた水商売のカップル……。
 その誰もがすべて幸せそうにみえる。
 この店は、たんなる待ち合わせの場所に過ぎない。これから皆どこかで幸福なひと時を過ごすのだ。
 店に入って、あついラテを飲みながら、こうしてもう30分もたとうとしているのに、つま先は凍りついたままだった。友達から譲ってもらった革靴が壊れてしまい、底から冷たい雨水がぐっしょりと沁みこんでいた。この冬は雨が多かったせいで、安物の靴の接着剤がはがれ、いまにも靴底が抜け落ちそうだった。
 毎日12時間近くも、外に立っているせいもある。
 一人掛けのソファに深々と体を埋めて、再び窓の外に目をやった。東京タワーにディジタルの文字で大きく2000と表示されている。
 あと数週間で21世紀。
 21世紀になれば、俺も二十歳になる。けれど、別になにも変わりはしないな、とも思う。胸の辺りに、ずきっと痛みが一瞬だけ走った。

 ほんのふた月前……。
 いつものようにコンビニのバイトを終えて部屋に入った俺はすぐに異変に気がついた。
 おびただしい血痕、血痕というよりはボトルごとぶちまけたかのような大量の血。
 まず自分部屋のドアを開けた。フェレットの籠。俺の数少ない友人である二匹のフェレットは無心で眠っている。
 続いて親父の寝室。暗闇に灯かりのスイッチを探る。蛍光灯に照らされた部屋には誰もいない。ベッドは、と見ると、ベッドサイドにしぶきのような血の跡。あわてて布団をはぐと、そこにはどす黒い血の塊がまだ乾ききらずに残されていた。
 いつものようにウイスキーと煙草とすえた汗の臭いが漂っている。
まだ小さかった頃は、この臭いがたまらなく嫌いだった。大きくなってからは、この臭いだけじゃなく親父そのものがひどく嫌いになった。
 親父はジャズのピアニストだった。若い頃には六本木でけっこう名の知れたピアニストだったという。といってもジャズ専門ではなく、ロックやポップスなど、軽妙にアレンジして聞かせる独特のスタイルをもっていたらしい。なによりしゃれた酒場の雰囲気を愛していたのだと思う。若い頃は、ケンカでも鳴らし、女性にももてたと、いつか酔って自慢していた。
 ピアノの弾き語りから、酔客の歌の伴奏をしているうちはまだよかった。しだいに、電子楽器の流れに押され、さらにカラオケブームとなり、静かにジャズに耳を傾けるような客も店も減って、いまでは若い女が目当ての猥雑な街になり、そして親父の居場所はなくなってしまった。
 最近でこそカフェばやりで、生演奏の店もできたが、音楽はインテリアの一部に過ぎない。ファッショナブルでこぎれいなコーヒーの店は親父には似合わない。第一雇ってくれないだろう。
 親父はしだいに飲んだくれるようになっていった。仕事はまれにしかしない。昔の友人のパーティに誘われたときぐらいだ。そんな親父に嫌気がさして、おふくろはどこかに消えてしまった。
 俺も気がつくとグレていた。親父のせいばかりでもない。だけど親父を本気で殺してやろうかと思ったのは、つい数年前のことだ。
 自分の部屋のベッドに腰かけ、タバコに火をつける。
壁にはUKのパンクバンドのポスターとフィギュア(人形)がケースごとピンで貼りつけてあった。
 親父の携帯を鳴らしてみた。電話は、相手が電源を入れてないことを告げた。なぜか警察に電話することはまったく考えなかった。
「チッ」舌打ちをして立ちあがると、COЯNと背中に刺繍された黒いパーカーをはおり部屋を出た。
 COЯNは陰鬱で激しい演奏をするパンクバンドだった。以前親父がどこかで偶然見つけて買ってくれたもの。
「死んだって、かまうもんか」
 背後で、マンションの鉄の扉が大きな音をたてた。
 その日もやはり雨が降っていた。麻布にあるマンションから六本木までは歩いて10分とかからない。俺は夜の街へと繰りだした。
 CLUB、とはいっても外国人旅行客でにぎわう観光スポットのようなその店は、すでにほぼ満員だった。
 外国人客が多いということは、クールな店ではない。マニアックな人たちだけを客とする店(限られた特定の音楽だけをかける)とは違い、有名でありふれたヒット曲を流し、また料金も安いということを意味している。もっとも安い時間帯で、どんなアルコールでも1杯300円で飲める。常連客などあまりいない。外国人のいわば"おのぼりさん"だけだ。いわゆるダサい店だけれど、酒が安いのは俺にとっても魅力だ。
 カウンターに、体をねじりこむようにして立ち、たて続けに数杯飲んだ。店では、いつもスタンディングで飲んでいる。
 アバが流れている。俺は知らないが昔流行った曲のリバイバルらしい。
 金髪のふとった女が踊っている。その向かいで日本人サラリーマンがニヤニヤしながら相手をしていた。外国語を話せるのだろう。頬に触れるほど顔を近づけて話しかけている。その二人の服装も踊りも気にくわない。
「ガシャン!」
 ジンソーダをオーダーすると白人の店員が目の前のカウンターに、"Chip,Please(チップをどうぞ)"と書かれた大きな缶を叩きつけた。
「うるせぇな、この野郎」
 俺は毒づいた。大音量のせいで声は聞こえないはずだった。
 客から正規にドリンクの料金をとったうえで、平然とチップを要求してくる神経が理解できない。しかも、こいつは他の店員に比べてとくにしつこい。なんども来て顔は知ってるはずだ。チップは観光客からとればいいじゃないか、俺はそう思っていた。そのうえ、いまの乱暴な置き方に腹が立つ。
 白人をにらみつけた。白人は缶を再び前に突き出す。
 こいつとは気が合わない。何か特別、話しをかわしたわけではないが、態度が妙に気に食わない。
 日本人をバカにしているのか。それとも俺がガキに見えるのか。
 俺は軽くチップ用の缶を差し戻したつもりだったが、勢いあまって倒してしまった。缶から小銭がフロアに散乱した。
 白人は何か短く叫んで、胸ぐらをつかんできた。その腕を払おうとして、もみあっているうちに後方に大きくよろめいた。
 白人の仲間なのか、客の誰かがはがい絞めにしようとする。思わずそばにあったコロナ(ビール)の瓶をつかむと、振り向き客と向き合った。
 客は白人ビジネスマン風だった。勝てると感じた。瓶を棄て、ビジネスマンになぐりかかった。拳が白人の眉間をとらえた。瞬間、肩に手がかかったので、後方に肘打ちを放つ。グラスの割れる音。見るとさっきのカウンターの店員がうずくまっていた。肘打ちをくらい反動で後頭部をカウンターにぶつけていた。
 と、「ンガッ」腹部に強烈な痛みを感じた。ビジネスマンだ。額から血が流れている。身をかがめながら、まっすぐに蹴りを出す。まるでサッカーのPKでボールを蹴るように。渾身の力をこめた。
 ビジネスマンは後ろにゆるやかにすっ飛び、テーブルが大げさな音をたてて倒れた。若い日本人女性の悲鳴。なかなか可愛い娘だなと思った。
 どうにでもなれと思った。自分のグラスをつかむと、カウンターの向こうのずらりと並んだボトルに投げつけた。
 グラスが砕け散っって、ボトルが数本床に落ちた。
 突然、息ができなくなった。体が宙に浮いている。
 巨大な黒人が片腕で俺の首を絞め、持ち上げているのだ。
 そのまま男は、自分の頭の横で拳をつくり、手首をクルリと回したかと思うと、俺の顔めがけてパンチを叩きこんだ。
 完璧にくらった。
 俺は脳震盪を起こしたらしい。男が手をゆるめるとずるりと床に倒れ落ちた。
 気絶はしなかった。朦朧とした目で見上げると黒人は腕を組んで仁王立ちしている。           真っ赤なTシャツの胸もとに英文でセキュリティの文字が読める。
 2mはあるだろう。体重も100Kgは軽く超えている。怪物のようだ。
 立ちあがろうとして、こんどは強烈な蹴りをくらった。なにも抵抗はできない。
 黒人はゴミ袋のように俺を持ち上げると、出入り口の階段に俺を座らせた。俺はまるでマリオネットのようだった。
 店は2階だったが吹き抜けになっていたので、3階の高さにあった。
 眼下に長い階段がまっすぐ下へ伸びてる。雨のせいで、泥でびしょびしょに汚れていた。
「ニィドゥトゥ、キュルナ!(二度と来るな)」
黒人が怒鳴ったかと思うと、足を大きくあげて、俺を階段から蹴り落
とした。
 
 雨がしたたかに顔を打ちつけていた。
 体中が痛む。しばらく濡れるままにあおむけに倒れていた。
 服はドロドロだろう。親父からもらった大切なパーカーだ。
 アル中で無職の親父が買ってくれたCOЯNのパーカーだ。あんなアンダーグランドでイカしたバンドのパーカ、もってるヤツはまずいない。
 ほんとうに偶然に見つけたのだろうか、とふと思った。
 どこそこにある、といった代物ではない。
 雨はゆるやかな放物線を描いて降り注いでいる。
 あの黒人の出身はどこだろうかと思う。ふつう黒人をみるとほとんど日本人は疑うことなくアメリカ人だと考える。しかし、こと六本木では違うのだ。アフリカ系が多い。
 しかし、あの黒人、恐ろしかったなと思う。昔の親父だったら勝てたかなと思う。
 そして、親父は生きているのだろうかと思う。
 俺は気を失った。
 雨は、いつやむことなく悄然と降り込めていた。
 (第1回 おわり)
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