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周口日報12月の記事 |
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〜 周 口 市 〜 河南省東南部、沙河・頴河・賈魯河の三河川が合流する所に位置する。人口1,035万人。古代伝説の皇帝伏羲が居住した聖地、道教老子の故郷とされる。古くから農業の拠点で、小麦、綿花の生産量は河南省第1位、肉牛飼育や平原緑化にも力を入れている。(人民日報海外版より) |
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12月20日 善いことなら善いことらしく |
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私の街で、最近二つの出来事が話題になっている。 一つは、高齢者が高齢者身分証を提示すればバス運賃が無料になることに関して。この制度を導入した当初、バス会社とマスコミは制度の素晴らしさを大々的に宣伝したが、今では逆に老人からマスコミへの苦情が続出し、バス会社は窮地に追い込まれている。運賃無料の老人は、バスの運転手や車掌から嫌がられたり侮辱を受けたりするためだ。私はいつもバスを利用するので、運転手や車掌が老人に悪態をついている場面をよく目にする。これは、バス業界が下請け経営制をとっており、運転手や車掌の収入に直接影響するのが原因だ。そこにマスコミも絡んでくるものだから運転手側の対立意識は煽られて、ますます高齢者を怨むようになる。本来善いことのはずが結果的に悪いことになってしまっている。 もう一つは、ビラ広告問題に関して。街頭のビラ広告は実に目障りで、誰もが何とかしようと手を尽くしているが、一向に効果が現れない。そんな中、とうとう究極の策が出された。ビラ広告に書かれてある電話番号を通話停止にするのだ。この策には多くの人が賛成し、これでビラ広告も壊滅かと思われた。しかし、相変わらずその火が消えたようには見えない。ある報道によると、電信会社は通話料収益が減ることと、法律上問題があることを理由に実行を躊躇しているとか。これに対し、またマスコミがあれこれ言いはするが、あまり期待できそうにない。 しっかりやるべき善行のはずなのに、やり通せないのは何故か?一つは、すぐ利害問題に直面すること。バスの運転手も電信会社も、世間の評判は上がっても金は儲からないのが嫌なのだ。もう一つは、老人がバスに乗れば、電話設置契約をすれば、それが無料であろうが贈与された物であろうが、法律的に権利と義務の問題が発生することだ。 バスの運転手は単に運転するだけでなく、不慮の事故への危険と責任が伴う。事故保障のための資金は一体誰が負担するのか?自由経済の概念で言うと、当然受益者が負担すべきだ。運賃無料で直接利益があるのは高齢者だが、運賃無料制度全体から見ると、運転手も高齢者もこの制度の「動く広告」に過ぎず、この制度により実際の利益を蒙っているのはバス会社である。運転手のほとんどがこの制度に不満を持っている状況なら、バス会社が責任を持ってフォローすべきだ。例えば、老人には前もって無料切符を配布しておき、運転手がバス会社へ収める上納金から差し引くなど、方法さえ考えれば、敬老精神溢れるこの制度も定着するはずだ。 通話停止の一件は、本来なら行政が先頭になって処理すべきだが、電信会社は独立経営の法人であり、企業として顧客の権利と義務を守らねばならない。電話設置契約をした顧客がその番号を何に使うのか証明する必要もないし、電信会社側に法律的権限が与えられなければ通話停止にすることもできない。顧客を失った分の損害は誰が負担するのか?行政が負担すると言っても限度があり、結局ビラ広告問題は解決しないのではないか。 善いこととは決して簡単にできるものではないのだ。 |
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12月23日 鄲城県駐村作業隊 着実に効果あり |
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鄲城県の駐村作業隊は、一貫して基層組織の整備に力をいれ、農村基層組織の組織競争力を第一に掲げることで党の組織力アップに繋げる活動を続けており、成果は上々のようだ。 まず、教育の徹底により共産党基層幹部党員の資質を高めること。そのため駐村作業隊は、共産党村支部における教育カリキュラム、党員活動日スケジュール、段階に応じたステップアップ学習法などを具体化し、基層幹部党員が政策や法律、『三つの代表』思想、農村税制改革と言った学習内容を効率よく学べるシステムを作った。現在までに、全県121の駐村作業隊が150回もの基層幹部党員研修を実施、参加者も延べ1,200名に上っている。基層幹部党員達は、世界観や人生観、価値観などについて熱い議論を交わし、共産党の方針と政策への認識がより多く、より強く広まっているようだ。 更に、グループ化により基層組織の機動力を高めること。駐村幹部党員の高齢化問題を解決するため、駐村作業隊が各郷や村の党組織に働きかけ、教養と即戦力があり徳育面も良好な若者に入党を勧めた。また、より即戦力と群衆をリードする能力のある者を「両委(共産党村支部と村民委員会の両団体を指す)」へと加入させた。今の所、新規党員数9名、特別研修受講者数45名、駐村幹部増員数19名と言う実績をあげている。 |
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12月24日 異様な「メリークリスマス」 |
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「舶来品」とでも言うべきクリスマス行事は年々過熱化しており、世界と肩を並べているかのように見えるが、人々が「メリークリスマス!」と口にするのを聞く度に、何となく腑に落ちない。クリスマスは100%西洋のキリスト宗教行事であり、この中国で生まれ育った中国人は、キリスト教と何のゆかりもない上にクリスマス本来の意味もろくに知らない。それなのに「メリークリスマス!」などと言っていて良いものか。しかし、毎年クリスマスが近づくと誰もが揃って「メリー」と叫び合い、マスコミのクリスマス番組はエスカレートする一方。商店街のクリスマス飾りは豪華絢爛、さびれた古食堂でさえもクリスマスムードと言う有様。サンタクロースの格好をした者が子供に風船をプレゼントすれば子供は無邪気に喜び、そのままクリスマスパレードに参加してしまう。 仮に子供がサンタクロースに興味を示し、大人もクリスマスを機会に親しい人へ贈り物をすることにそれなりの意義があるとしても、国中がクリスマスに乗じて大騒ぎするのはどうしても理解できない。 どの民族でも祝祭日にはそれぞれの文化的背景があり、クリスマスはイエスキリストの誕生を祝うものだ。もっとも「中国人と何の関係がないことぐらい知っている。西洋人と同じ気分を味わいたいだけだ」「とにかく皆で騒げれば良いじゃないか」と言う人もいるかも知れないが。 クリスマスの他にも、人々が意味の無いどたばた劇に借り出されている「舶来」祭日があることを忘れてはいないか。本来なら格調高いムードあるはずのバレンタインデーが普及した後、「二号さんデー」や「ギャルデー」と言った愚か極まりないものまで登場した。こんな具合でいくらクリスマスを盛大に祝っても、敬虔なキリスト信者がこの「低俗な信者達」を受け入れるとは限らないだろう。 この責任は何と言ってもマスコミにある。中国人と何の関係もない祭日を大々的に扇動して、忘れるべきでない「国辱の日」や「国難の日」をきれいさっぱり忘れるとは、非常に問題である。 |
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