周口日報7月の記事

 

〜 周 口 市 〜

河南省東南部、沙河・頴河・賈魯河の三河川が合流する所に位置する。人口1,035万人。古代伝説の皇帝伏羲が居住した聖地、道教老子の故郷とされる。古くから農業の拠点で、小麦、綿花の生産量は河南省第1位、肉牛飼育や平原緑化にも力を入れている。(人民日報海外版より)

 

 

 

7月2日  気まずい  トイレの思い出

  トイレの話と言えば、「汚い、不潔だ」と嫌がる人が多いが、トイレは人間が生理的に必要とするものであって、誰もが毎日直面するごく日常的なテーマ。隠したり恥ずかしがったりすることは何もない。生活水準の向上と、急速な都市化に伴い、都市設備の一つとして最新の技術と材料を用いてトイレを建設すること。美観に優れ、衛生的で、街を明るくし、気持ちよく使える、そんなトイレの存在は社会発展上当然なのである。つまり、トイレを話題にすることは、人類が進歩したことの証明であり、文明度の目安とも言えるはずなのだが、残念なことにトイレ問題は長年おろそかにされたままだった。

  数日前の『星級トイレ  周口の街を飾る』と言う記事、ご覧になっただろうか?大きな見出しで、洋式トイレのカラー写真も掲載されていた。記事によると、周口市人民大会及び人民協商会議において、「切実な問題」としてトイレ問題を取り上げ、張海欽市長自ら直接関与し、市長の仕事として関連部門にさっそく指示を出したと言う。私の記憶では、これは周口の歴史上初めてのことだ。

  記事を読むうちに、遠い昔の記憶が蘇ってきた。思い起こせば、辛く苦い思い出の何と多いことか。ご存知の通り、豫東の農村は「便所無くして豚飼う無し」として、省内はおろか全国的に有名だった。村の道端に竹と藁を網目状に渡して泥の土塀で囲いをしたもの、これがその「便所」。野原や川で自由気ままに排泄する人も多かった。恥ずかしい話だが、ズボンを身に着けていることを除けば、動物と何ら変わりはない状態だった。街の中にはトイレがありはしたが、大抵は溝を掘っただけ、便つぼがあるだけと言ったお粗末この上ないもの。夏はハエが飛び回り、冬は北風にさらされる悲惨さ。それでもトイレの数自体が少ないものだから、列を作って順番待ちしていた。入り口には『香り漂う当店へようこそ!』などと書かれてあったりして、大いに苦笑いしたものだ。

他所から周口を訪れた人は、見知らぬ土地でのトイレ探しに難儀したことだろう。やっとのことでトイレのある建物にたどり着いても「関係者以外の使用お断り」の張り紙。とぼとぼと引き返すものの、とうとう我慢できずに隅のほうで用を足すと、こっぴどく叱られる。何を隠そう、これは私自身の忘れられない体験である。

こんなこともあった。仕事でフランスの女性を連れて観光案内した時、彼女は突然何かを探し出した。あいにく通訳が側に居らず、彼女も身振り手振りするのだが、私には分からない。彼女は私の返答を待つことなく、一直線に歩いて行ってしまった。しばらくすると、通訳と一緒に笑いながら戻ってきた。「中国ではトイレを探すのが大変だと聞いていたけど、今回いい勉強になったわ。確かに探すのは大変だけど、臭いのする方へ行けば見つけ出せるわね。」それを聞いた私は、気まずさで言葉が出ず、笑うに笑えなかった。

 

 

 

7月15日  太康県の医療現場  徐々に改善

  太康県衛生局が実施している医療現場のルール改正活動では、医療現場で働く人々の思考の転換や、メインとなる業務の見直しなどを大々的に実施、まずまずの成果をあげている。

  初めに同局は医療に関する広告を規制。県委員会宣伝部が衛生、工商、放送映像の各部門に呼びかけて調整会を組織、違法医療広告の撲滅を約束すると同時に、テレビ局には未許可の医療広告を放送しないよう求めた。また、県衛生局と工商局が提携して市街区の医療広告を対象とする抜き打ち検査を実施、謝安路や建設路に立つ違法広告看板等24枚を撤去した。

  次に衛生局は、各医療機関に対するチェック基準を多数制定、チェック体制も改善した。医療専門家による審査委員会を結成、さまざまな点から医療機関の業務を監督し、『医療機関開業許可証』発行審査も厳しくなる。また、県直轄の医療衛生関連企業の責任者達による会議を開き、医療機関チェック業務について実施方法や実施項目を具体的に検討する。

  さらに、同局は県全体の郷村を一体化管理しているメリットを生かし、医療現場ルール改正活動を郷村一体化管理にも結びつけた。「互いに支え合う、互いに後押しする」の精神で、医療資源を合理的に利用するよう指導。県内の医療衛生現場を全体的にかつ確実に改善するのが狙い。

 

 

 

7月15日  粉ミルク  返品も交換も応じます

  商水の王さんが荷花市場で粉ミルクを購入したところ、異常を発見。11日、販売店との大喧嘩を覚悟して市場へ出向いた王さん、販売店が快く応えてくれるとは夢にも思わなかった。

  8日、王さんは荷花市場の常氏副食商店で三鹿ブランドの粉ミルクを206元で購入。使用したところ、濁りがあり異常に粘ついていた。子供用の食品なので、見過ごす訳にはいかないと返品を思い立った。しかし、購入後何日も過ぎており簡単には返品できないだろうと懸念し、あれこれ思いをめぐらせながら市場へ。王さんの話を聞いた同副食商店の責任者はすぐにメーカへ連絡、「品質に問題がある場合はいつでも返品に応じます」とその場で返答。商品を詳しく調べてみると、この粉ミルクは高温で保存したため変化が見られたが、品質そのものには問題がないことが分かった。それでも同商店の責任者は返品を受け付け、206元を王さんへ手渡した。

  返金されたお金を手にした王さんはいたく感激し、一旦帰りかけたもののまた同商店へ引き返し、自分が返品した粉ミルクを再度購入した。

 

 

 

7月31日  街角で道理説く

  先日、街角で見かけた一幕。

  ある痩せた老人がリヤカーからコンロを下ろし、道端に露店を開いてポップコーンを作る準備をしていた。この時、20歳前後の若い警備員が二人駆けつけ、「誰がここで店を開いてよいと言った?規律違反だと知らないのか?」と大声で叫んだ。老人は慌てた様子で「わしは村から出てきたばかりで、街の規律は知らんもので」と言いながら道具を片付け始めた。それを見た少し太った方の警備員が「逃げるなら、50元の罰金だぞ」と。老人はふくれっ面で「飯を食うためにやっていること、今日はまだ店も開いておらんのに、50元も払えるもんか。」今度は背の高い方の警備員が「金がないんならリヤカーを没収する」と言い、リヤカーを引っ張ろうとした。老人は地面に跪き両手でリヤカーを抱えて懇願した。「どうかやめてくれ。わしはこのボロ車で飯を食っとるんじゃ、車を持って行かれたら首を絞められるのと同じじゃ。」警備員はそれでもリヤカーを放さず、両者はもめ始めた。

  この時、小学生の集団が通りかかった。一人の女子生徒が「こんなのおかしいわ!店を開いたらいけないから片付けようとしただけじゃない、何で物を取りあげるのよ?」別の女子生徒は「うちの隣の張おばさんは失業して、生活していけないから車を押して服を売り歩いてる。でも、警備員が規律違反だと言って、おばさんの服を何枚も持って行ったって。おばさん怒って食事も喉を通らなかったんだから。」「よく見てくれよ、それは僕達がやったことかい?」太った方の警備員が尋ねると、「あんた達じゃないけど、同じ格好した人達がやったのよ」と生徒は答えた。

  別の女子生徒も口を挟んだ。「一昨日の午後に私見たわよ。家の軒先に品物を並べていた人捕まえて、ジュースやお酒を何箱も持って行ったでしょ!」

  二人の警備員は鼻息を荒くして言った。「行った行った!我々は勤務中だ。」

  言い争いが過熱するうち、周りは人だかりで一杯に。その中からごま塩頭の男性が笑顔を浮かべて警備員に近づきこう言った。「子供と喧嘩するもんじゃない、この子達の言う通りだ。私はずっと公安をやってきて、君達とは職は違うが、同じ法を掌る者同士だ。我々の一挙一動が共産党と政府のイメージを作るのだよ。理性的に任務に当たるべきで、威光をかさに着たり、むやみに罰金を徴収したり、民衆の物を持ち去ったりしてはいけない」男性はさらに丁寧な口調で続けた。「民衆は我々の命の根源だ。政府の規定に従い都市生活を守るにせよ、民衆を傷つけてはならない」これを聞いた警備員は男性の話に敬服し、「ありがとうございます。これからは理性的に任務に当たり、正しく民衆に接します」と答えると、露天商の老人に「道具を片付けて立ち退きなさい」と指示した。

  人だかりも散り散りになり、子供達は飛び跳ねながら帰って行った。老人の姿も遥か遠くに消えたが、私の心には忘れられない程深い印象を残した一件だった。